テレホーダイからIOWNへ|インターネット回線30年の進化と「ルーティングが消える」未来

深夜23時、モデムの「ピー、ガガガ……」という音とともにインターネットへ繋いでいた——そんな記憶をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

2026年1月31日、NTT西日本の「フレッツ・ADSL」と、NTT東西の「フレッツ・ISDN」が同じ日にサービス提供を終了しました。フレッツ・ADSLはNTT東日本が2025年1月31日に終了済みで、これをもって電話線を使った定額インターネット接続は、ADSL・ISDNともに役目を終えたことになります。

一方で同じ2026年、NTTはIOWN 2.0として光電融合スイッチの製品化を進めています。「光のまま通信する」次世代ネットワークへの移行が、実証段階から製品の段階に入りつつあります。

本記事では、ネットワークエンジニア(以下、NE)として10年以上現場に立ってきた筆者が、インターネット回線30年の進化を図解で振り返りつつ、IOWN/APNがもたらす「ルーティングが消える」未来と、NEのスキルセットへの影響を考察します。

インターネット回線の歴史30年のタイムラインの図解
図1:インターネット回線30年の変遷

2026年1月、ADSLの歴史が完全に終わった

まず、直近の動きから整理します。フレッツ・ADSLの終了は一斉ではなく、エリアごとに段階を踏んで進みました。

  • 2023年1月31日:フレッツ光が2022年1月31日以前に提供開始されていたエリアで終了
  • 2025年1月31日:NTT東日本エリアで全域終了
  • 2026年1月31日:NTT西日本エリアで全域終了

光回線が届いていない地域のユーザーに移行準備期間を確保するため、段階的な終了スケジュールが組まれた形です。

ISDNについては、フレッツ・ISDNがNTT東西そろって2026年1月31日に終了しました。ADSLの西日本エリア終了と同じ日です。

ここは混同しやすいのですが、終了したのは「フレッツ・ISDN」であって「INSネット」そのものではありません。INSネットのディジタル通信モードは2024年1月から地域ごとに段階的に終了しており、移行が間に合わない利用者向けの補完策は2027年ごろまでを目途に提供される予定です。

つまり2026年は、「電話線でインターネットに接続する」という技術がほぼ完全に姿を消した年です。この節目に、回線技術がどう進化してきたのかを振り返ってみましょう。

インターネット回線30年の変遷

ダイヤルアップとテレホーダイ(1995年〜)

家庭のインターネット接続は、アナログ電話回線を使ったダイヤルアップ接続(最大56kbps)から始まりました。

当時は接続時間に応じた従量課金だったため、長時間繋げば電話料金が跳ね上がります。そこで登場したのが1995年8月開始のテレホーダイでした。23時から翌8時に限り、あらかじめ指定した番号への通話が定額になるサービスです。

結果として、23時になると全国のユーザーが一斉にアクセスポイントへ接続する「テレホタイム」という現象が生まれました。トラフィックが特定時間帯に集中し、話中で繋がらないことも珍しくなかったといいます。今の言葉でいえば、日本中で毎晩バーストトラフィックが発生していたわけです。

なおテレホーダイ自体は、固定電話網のIP化に伴って2023年12月31日まで提供が続きました。28年続いたサービスです。

ISDN——「常時接続」前夜(2000年〜)

ISDN(INSネット64)はデジタル回線で64kbps×2チャネルを提供する方式です。2000年7月に本格提供が始まった「フレッツ・ISDN」により、定額での常時接続が現実的な選択肢になりました。

速度は64kbpsと控えめでしたが、「時間を気にせず繋ぎっぱなしにできる」という体験の変化は、速度以上に大きなインパクトがありました。

ADSL——電話線の限界に挑んだ技術(2000年代前半)

2000年代に入ると、既設の電話線(メタル線)で高速通信を実現するADSLが急速に普及します。事業者間の価格競争とモデム無料配布のキャンペーンを記憶している方も多いでしょう。

ADSLは音声通話で使わない高い周波数帯域をデータ通信に転用する技術で、事業者によっては下り最大50Mbps級のプランまで提供されました。

ただし、高い周波数の信号はメタル線での減衰が大きいという物理的な制約があります。収容局から距離が離れるほど実効速度が急激に落ちるため、同じ契約プランでも住所によって体感がまったく違うという状況が生まれました。

ADSLの収容局からの距離による速度減衰の図解
図2:ADSLの距離と実効速度の関係

この「距離の壁」こそが、光ファイバーへの移行を必然にした要因でした。

FTTH——光の時代へ(2001年〜)

2001年8月にBフレッツが登場し、光ファイバーを家庭まで引き込むFTTHの時代が始まります。光信号は距離による減衰が極めて小さく、ADSL最大の弱点を根本から解決しました。

ただし提供開始当初の最大速度は10Mbpsで、いきなりADSLを圧倒していたわけではありません。最大100Mbpsの「ニューファミリータイプ」が加わるのは2002年のことです。

2008年には次世代ネットワーク(NGN)上で動作する「フレッツ 光ネクスト」の提供が始まりました。こちらも開始時の最大速度は100Mbpsで、その後200Mbps、1Gbpsと上位タイプが追加されていきます。以降、日本の固定ブロードバンドの主役は一貫して光回線です。

PPPoEからIPoEへ——見えない場所のボトルネック(2010年代後半〜)

回線が光になっても、「夜になると遅い」という問題はすぐには解消されませんでした。原因が回線速度ではなく、NTT網とISPの相互接続点にあったためです。

従来のPPPoE方式では、トラフィックが網終端装置という設備を必ず経由します。ここの処理能力が上限となり、夜間の混雑時にボトルネックとなっていました。

これを解消したのがIPoE方式です。網終端装置を経由せず、VNE事業者が持つ大容量の相互接続点からインターネットに抜けるため、輻輳しにくい構造になっています。

NEとして興味深いのは、回線契約も宅内配線も同じままで、接続方式を変えるだけで体感が大きく変わる点です。「速度が出ない=回線が細い」ではないことを説明する題材として、実務でもよく使います。現在はIPv6(IPoE)とIPv4 over IPv6を組み合わせた構成が、家庭向け回線の標準になりました。

IPoE対応ルーターを実機の観点から見た記事もあります。あわせてどうぞ。
ZUNDA CONNECT ROUTER、Xで話題だけど何がスゴいの?ネットワークエンジニアが本気で調べてみた

PPPoE方式とIPoE方式の通信経路の比較の図解
図3:PPPoE方式とIPoE方式の経路のちがい

10Gbps時代(2020年〜)

2020年4月には「フレッツ 光クロス」が登場し、家庭向けでも上り下りとも最大概ね10Gbpsの時代に入りました。ダイヤルアップの56kbpsから数えると、公称値ベースで約18万倍の高速化です。

しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。この延長線上に、次の進化はあるのでしょうか。

ネットワークエンジニアが注目するIOWN/APN

IOWNとは何か

IOWN(Innovative Optical and Wireless Network)は、NTTが2019年に発表した次世代情報通信基盤構想です。2030年時点の目標性能として、次の3つが掲げられています。

  • 電力効率:100倍
  • 伝送容量:125倍
  • エンドツーエンド遅延:1/200

注意したいのは、これらが同時に達成される数値ではないという点です。NTTの説明では、遅延1/200はIOWN 1.0のAPNサービスで達成済みとされ、伝送容量125倍はIOWN 3.0、電力効率100倍はIOWN 4.0の段階でそれぞれ目標としています。三つがワンセットで実現するわけではありません。

そして重要なのは、これが「速い回線を作る」話ではないことです。IOWNが目指しているのは、ネットワークの動作原理そのものを電気から光へ置き換えることにあります。

APN——「光のまま届ける」ネットワーク

現在の光回線は、光ファイバーを使ってはいるものの、ルータやスイッチを通過するたびに光信号→電気信号→光信号という変換(O-E-O変換)が発生しています。ルーティングやスイッチングの判断は、電気の世界で行われているからです。この変換が、遅延と消費電力の主要因になっていました。

APN(All-Photonics Network)は、エンドツーエンドで光波長のパスを直接張ることで、途中のO-E-O変換を排除します。

低遅延であること以上にNEとして注目すべきなのは、遅延のゆらぎ(ジッタ)が原理的にほぼ発生しない点です。従来のIP網はキューイングや経路変動によって遅延が変動しますが、専用の光パスにはその要素がありません。リアルタイム性が要求される用途で、この差は決定的になります。

従来ネットワークとAPNの光パスの仕組みの比較の図解
図4:従来ネットワークとAPNの伝送のちがい

「構想」ではなく、すでに商用で動いている

IOWNを研究段階の話だと捉えている方は、認識のアップデートが必要かもしれません。

  • 2023年3月、NTT東西が「APN IOWN1.0」の商用提供を開始
  • NTTドコモビジネスのAPN専用線プランは全国1,300回線以上(拠点間で数えると約650件)の導入実績
  • 2024年8月、日本〜台湾間の約3,000kmを17msで接続
  • 2025年10月にIOWN 2.0を発表し、Broadcomらと協業した光電融合スイッチを2026年に製品化予定
  • 大阪・関西万博では、光電融合デバイスを用いたコンピューティング基盤で消費電力1/8を実証

現時点の主用途はデータセンター間接続やISPのバックボーン増強です。加えて、地理的に離れた2つのGPU基盤をAPNで接続し、同一拠点にあるかのように分散学習を実行する検証も進んでいます。生成AIの需要増を背景に、AIインフラを支える通信基盤としての位置づけが強まっています。

ロードマップとしては、IOWN 2.0でボード間、3.0でチップ間、4.0でチップ内へと、光化の範囲がネットワークから機器の内部へ段階的に降りていく計画です。

「ルーティングが消える」未来とは

ここからが、NEとして最も考えさせられる部分です。

L3ルーティングから波長パスの制御へ

従来のIPネットワークは、パケットごとにルータが宛先を判断して転送するホップバイホップの世界です。OSPFやBGPが経路を計算し、障害時には再収束する——我々が学び、運用してきた世界観です。

そもそもレイヤごとの役割分担を整理したい方は、【図解】OSI参照モデルを完全理解するを先に読むと、この後の話が入りやすくなります。

一方APNは、通信に先立って端点間に光波長のパスを張る、回線交換に近い考え方をとります。経路の決定はパケット単位ではなく、APNコントローラが波長パス単位で行います。つまり、中間ノードがIPヘッダを見て転送先を判断する、という行為そのものが存在しません。

従来IPルーティングとAPNの経路制御方式の比較表
図5:従来のIPルーティングとAPNの比較

では、OSPFやBGPは不要になるのか

筆者の見解は「なくならないが、役割の重心が変わる」です。

まず、APNが置き換えるのはWANやデータセンター間といった大動脈の部分です。インターネット全体がベストエフォートのIP網である以上、AS間の経路制御を担うBGPが近い将来に消えるとは考えにくいでしょう。

また、光パスの上で動くサービスは依然としてIPです。パスの内側をどう使うか、企業網やクラウドとどう接続するかという設計には、従来のL3知識がそのまま必要になります。

ただし、確実に変わる部分もあります。「経路をプロトコルの自律分散に委ねる」から「コントローラが集中制御する」への重心移動です。これはSDNで始まった流れの延長線上にありますが、APNではその制御対象が物理層の波長にまで及びます。NEの仕事がCLIでの個別設定から、オーケストレータのAPI操作や自動化の設計へシフトする流れは、いっそう加速するはずです。

ネットワークエンジニアのスキルセットはどうなるか

30年を振り返ると、一つの傾向が見えてきます。ボトルネックの場所が移動するたびに、NEに求められる知識も移動してきたということです。

  • ダイヤルアップ期:電話網とモデムの知識
  • ADSL期:メタル線の物理特性と距離の知識
  • FTTH/PPPoE期:認証とトンネリングの知識
  • IPoE期:IPv6とVNEアーキテクチャの知識
  • IOWN期:波長パス制御とオーケストレーション、自動化の知識

BGPを学んだ知識が無駄になるわけではありません。ただ、「設定できる人」の相対的な価値は下がり続け、「アーキテクチャを理解した上で自動制御を設計できる人」の価値が上がり続ける——この傾向は、IOWNの時代にいっそう鮮明になると筆者は見ています。

その意味では、CCNAで学ぶ「そもそもなぜルーティングが必要なのか」という基礎は、「ではなぜAPNはそれを不要にできるのか」を理解するための土台として、むしろ価値を増すとも言えます。

そのCCNA自体も、自動化やAIの比重を高める方向へ改定が進んでいます。
CCNA改定(v2.0/200-301)完全解説|AIセクション新設とトラブルシュート回帰

まとめ

  • 2026年1月にフレッツ・ADSL(西日本)とフレッツ・ISDN(東西)が同日終了し、電話線インターネットの時代が幕を閉じた
  • 回線速度は56kbpsから10Gbpsへ約18万倍進化したが、次の進化は速度ではなく「原理の転換」
  • IOWN/APNは光のまま伝送することで低遅延・低ジッタ・低消費電力を実現し、すでに商用稼働している
  • APNでは中間ノードのIP転送判断が消え、経路制御はコントローラによる波長パス管理へ移行する
  • NEのキャリアは「プロトコルの自律分散」から「オーケストレーションと自動化」へ重心が移る

テレホタイムを待ちわびた世代が、今度は「ルーティングが消える」転換点に立ち会っている。そう考えると、この仕事はやはり面白いと思うのです。

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