自動化が進んでも、確認だけは人が見ることになると思う

ネットワーク自動化の話題は、たいてい「設定をどう作るか」に集中している。Pythonで生成する、テンプレートから展開する、パイプラインで流す。

ただ、実際の仕事を思い返すと、設定を作っている時間はそれほど長くない。長いのは確認しているほうだ。そして確認については、どこまで自動化が進んでも、各ポイントで人が目を通すことになるだろうと思っている。


この仕事は、確認でできている

ネットワークエンジニア(以下、NE)の作業を工程順に並べると、確認の多さが見えてくる。

作業前に現状を確認する。設定を投入したら、入ったかどうかを確認する。疎通するかを確認する。顧客に業務が回るかを確認してもらう。翌営業日に問題が出ていないかを確認する。

設定そのものを書いている時間は、この全体からすると一部でしかない。にもかかわらず、自動化の議論はその一部に集中している。

これは夜間作業について書いた記事で整理した話とも重なる。作業ウィンドウの中で短縮されるのは投入の部分だけで、前後の確認工程はそのまま残る。

なぜ確認は人が見ることになるのか

「正常」の基準が現場ごとに違う

機器のログを見ると、たいてい何かしらのメッセージが出ている。問題はそれが今回の作業によるものなのか、前から出ているものなのかだ。

この判別は、その現場を知っている人にしかできない。「このアラートは去年から出ていて、原因は分かっているが対応保留になっている」といった情報は、どこにも書かれていない。前任者から口頭で引き継がれるか、自分で気づくかのどちらかだ。

機械に判定させるなら、まずこの「正常」を定義してやる必要がある。ところが定義しようとすると、現場ごとに例外だらけになる。定義する作業自体が、人が目を通す作業と変わらない量になってしまう。

確認の先に判断がある

確認は、それ自体が目的ではない。続行するか、切り戻すかを決めるためにやっている。

そして現実の作業では、判断が微妙な場面のほうが多い。想定していた事象が起きなかった代わりに、想定していなかった事象が出ている。放置しても業務は回りそうだが、根拠がない。作業ウィンドウは残り40分。こういう状況で決めるのが仕事だ。

この判断を機械に委ねられるかというと、少なくともいまは無理だと思う。判断材料が揃っていないから難しいのであって、揃っていれば人間だって迷わない。

責任の所在が変わらない

そしてもう一つ。仮に機械が「問題なし」と判定したとして、それをそのまま顧客への報告にできるかという問題がある。

翌日に障害が出たとき、「ツールが正常と判定しました」という説明は通らない。結局、誰が確認したのかを問われる。この構造がある限り、最終的に人が目を通す工程はなくならない。


自動化できる確認と、できない確認

とはいえ、確認がまったく自動化できないという話ではない。分けて考えたほうがいい。

確認作業を機械が判定できるものと人が見るしかないものに分類した図。設定の一致や疎通、閾値は機械が判定でき、既知のログの判別や業務成立、想定外の事象、切り戻し判断は人が見る必要があることを示している
判定できるのは、あらかじめ定義した「正常」だけ

設定が想定どおり入ったか、pingが通るか、BGPピアが上がったか、閾値を超えていないか。この種の確認は、条件が明確なので機械のほうが速いし正確だ。数十台を目視で確認するくらいなら、スクリプトに任せたほうがいい。

一方で、右側の項目は条件を書き下せない。「想定していなかった事象」は、想定していないから書けない。書けたらそれはもう想定内だ。

つまり自動化が得意なのは、あらかじめ定義した正常と一致しているかの照合であって、定義の外側で何かが起きていることへの気づきではない。そして作業中に本当に怖いのは、後者のほうだ。

減るのは作業、残るのは判断

ここまでをまとめると、NEの仕事に起きる変化はこうなる。

手を動かす作業は減っていく。設定を書く、投入する、目視で数を数える。この種の仕事は機械に寄っていく。

残るのは、見て判断する仕事だ。出ているものが問題なのかを見分け、続行するかを決め、その判断に責任を持つ。configの管理について書いた記事でも触れたが、現場で本当に効いているのは仕組みそのものではなく、それを見ている人が持っている文脈のほうだったりする。

この変化を歓迎するかどうかは、人によると思う。手を動かすほうが性に合っている人にとっては、しんどい方向かもしれない。

まとめ

自動化の議論は設定を作る工程に集中しがちだが、実際の仕事の多くは確認でできている。

そして確認のうち機械に任せられるのは、あらかじめ定義した正常との照合までだ。現場ごとに違う「正常」の基準、判断材料が揃わない状況での続行判断、そして報告の責任。この3つがある限り、各ポイントで人が目を通す工程は残ると思っている。

設定を書けることより、出ているものを見分けられることのほうが、これから価値になるのかもしれない。


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