「なぜダイナミックルーティングなのか」を語れる先輩になろう。AI時代のエンジニア指導論

4月、新しく後輩を受け持つことになった人。

「久しぶりに人を教えるんだよなあ」「自分が新人だった頃と今って、何が違うんだろう」って、ちょっと身構えていませんか?

私もそうでした。10年前に自分が教わったやり方をそのまま再現しようとして、最初はうまくいかなかったんですよ。理由はシンプルで、今の新人はAIを使える世代だから。私たちが先輩から手取り足取り教わっていた内容の半分くらいは、ChatGPTやClaudeに聞けば数秒で答えが出る時代になっています。

じゃあ先輩はもう不要なのかというと、そんなことはなくて。AIには絶対に教えられない部分が、むしろ昔よりもクリアに見えるようになったんです。

この記事では、現役ネットワークエンジニアの私が「AIに任せていい指導」と「自分でやるべき指導」をどう切り分けているか、実体験ベースで書いていきます。

なお、この記事は「AI時代のエンジニア論」シリーズの第2弾です。

先輩エンジニアが新人にネットワーク設計の背景を説明している様子

【第1弾】AI議事録ツールに新人が飛びつく前に。現役エンジニアが伝えたい「あえて手書きする理由」

AIに任せていい部分は、思い切って任せよう

まず大前提として、今の時代、用語や基本概念をいちいち先輩が口頭で説明する必要はないと思っています。

例えば、新人に「ダイナミックルーティングって何ですか?」と聞かれたとします。

10年前なら、ホワイトボードに図を書いて、スタティックとの違いを説明して、「OSPFってのはね…」って30分くらいかけて教えていました。それが先輩の役割でした。

でも今は、ChatGPTに「ダイナミックルーティングを初心者向けに教えて」と聞けば、ホワイトボード以上にきれいな説明が3秒で返ってきます。図解付きでマインドマップまで作ってくれる時代です。

ここで「いや、自分の口で説明するのが大事だ」と頑張るのは、正直もったいないんですよ。先輩の30分も、新人の30分も、もっと別のことに使えるはずです。

AIに任せていい指導内容:用語の意味(OSPF、BGP、VLAN、サブネット等)。プロトコルの基本動作(Helloパケットって何?、ステートマシンの遷移等)。コマンドの構文(ip route の書き方、show コマンドの種類等)。一般論的なベストプラクティス(パスワード管理、命名規則等)。参考書に載っているような知識全般。

これらは「先輩に聞かないと分からない時代」が終わったんです。新人には「まずAIに聞いてみて、それで分からなかったら相談して」と伝えるだけで十分。先輩の貴重な時間を、もっと価値の高い指導に使えるようになります。

AIに任せる範囲と先輩が教えるべき範囲の切り分け図
AIに任せる範囲と、先輩が教えるべき範囲を切り分けるのが、AI時代の指導の第一歩

でも、AIには絶対に答えられない部分がある

ここからが本題です。

AIは「世の中の一般論」を完璧に教えてくれます。でも、「なぜこの現場ではこう設計したのか」は、AIには絶対に答えられないんですよ。

具体例で説明します。

新人に「スタティックルーティングとダイナミックルーティングの違いを教えて」と聞かれたら、AIに聞かせれば完璧な答えが返ってきます。それでOK。

でも、こういう質問はどうでしょうか。

「先輩、なんでA社さんのネットワークではスタティックを使ってるんですか? B社さんではOSPFを入れてるのに」

これ、AIには答えられません。

なぜなら、答えはA社固有の文脈の中にあるからです。例えば、こんな話。

「A社さんは拠点が10個以下で、しかもここ5年間ほぼ構成変更がないんだよね。だからわざわざダイナミックを入れて運用を複雑にする必要がなかった。OSPFとか入れると、今度はネイバー監視の運用設計まで考えなきゃいけないし、そもそもA社さんの情シスは2人しかいなくて、シンプルに保つ方が障害時に対応しやすいんだよ」

「一方でB社さんは、拠点が50以上あって、しかも拠点の増減が結構頻繁にある。M&Aもよくやってるし、数年前にも10拠点くらい一気に増えた。あれをスタティックでやってたら、変更のたびに全拠点のルーター触らないといけなくて、絶対にミスが起きる。だからOSPFで自動的に経路が広がるようにしてある」

「ちなみに、当時はEIGRPも候補に上がってたんだ。でもB社さんはCisco以外のベンダーも使ってたから、互換性を考えて標準プロトコルのOSPFにした。EIGRPだと将来的にベンダーロックインのリスクがあるから」

これ、参考書にもAIにも載っていない情報です。現場で実際に判断した人間しか知らない

A社(スタティック)とB社(OSPF)で異なるルーティング設計判断の比較図
同じルーティング設計という課題でも、お客さんの文脈次第で答えは真逆になる。これがAIには判断できない領域

つまり、こういうことなんです:AIは「何を選ぶか」の選択肢は教えてくれる。でも「なぜこの現場ではこれを選んだのか」は教えてくれない。「なぜ」を語れるのは、その現場で判断した人間だけ。

先輩の役割は「設計の背景」を語ること

ここまで読んで気づいたかもしれませんが、AI時代の先輩の価値って、「答え」を持っていることじゃなくて、「答えに至った背景」を持っていることなんですよね。

新人に伝えるべきは、教科書的な正解じゃなくて、こういう話です。

お客さん固有の事情:このお客さんは過去に大きな障害を経験していて、シンプルな構成を強く好む。別のお客さんはコスト最優先で、機能よりも保守費用の安さを重視している。ある業界は監査が厳しいから、ログ保存の要件が異常に細かい。

当時のトレードオフ:本当はOSPFを入れたかったけど、お客さんのスキルが追いつかないと判断してスタティックにした。設計時点では分散構成にしたかったけど、予算の関係で集約構成にせざるを得なかった。新しい技術を採用したかったけど、運用部隊が古いプロトコルしか触ったことがなくて見送った。

過去の失敗から学んだこと:5年前にこの方式で痛い目を見たから、今回は別のやり方にした。このベンダーのこの機種は、こういう癖があって、こういう対策が必要。過去の障害事例から、この設定だけは絶対に外せないようにしている。

これが「経験者にしか語れない知識」です。AIには絶対に出てこない。新人にとって、先輩の最大の価値はここにあります。

「答え」じゃなく「考え方」を渡す

もうひとつ大事なのが、新人に「答え」を渡すんじゃなくて、「考え方」を渡すという意識です。

例えば、新人から「このお客さんにはスタティックとOSPF、どっちがいいですか?」と聞かれたとします。

ダメな答え方は、「OSPFでいいよ」って即答すること。これだと新人は答えだけ覚えて、次の現場でも「OSPFでいいんですよね?」って聞いてきます。考える力が育ちません。

良い答え方は、こういう問いかけです。

「お客さんの拠点数って今いくつ? 今後増える予定はある? 運用部隊のスキルレベルは? ネットワーク変更の頻度はどれくらい? 過去の障害履歴に何かパターンはある? お客さんの予算感は?」

これらの質問に答えていく過程で、新人は自分で答えを導き出すことになります。AIに聞いても、「これらの観点から判断しましょう」までは教えてくれますが、それぞれの現場の答えは出ません。先輩との対話の中でしか得られない学びです。

魚を与えるんじゃなくて、釣り方を教える。さらに言うと、「なぜこの川ではこの釣り方を選ぶのか」を教える。これがAI時代の先輩の役割だと思っています。

ぽんふ流の実践Tips

最後に、私が実際にやっている指導の工夫をいくつか紹介します。

AI時代の後輩指導における4つの実践Tipsの一覧図
私が現場で実際に意識している4つのTips。どれも明日から試せるものばかり

① 設計レビューに後輩を同席させる

設計書を作るときや、お客さんとの設計打ち合わせに、後輩を連れて行きます。そして、判断の理由を意図的に口に出して説明します。「ここでスタティックを選んだのは、お客さんの運用部隊が少人数だから」みたいに。

普通に作業していると、判断の理由って自分の頭の中で完結してしまうんですよね。それを意識的に言語化して聞かせる。これだけで、後輩の学びは何倍にもなります。

② 過去の失敗談を共有する

成功事例より失敗事例の方が、圧倒的に学びが大きいです。「昔、こんな設定をして大障害になった」「このベンダーのこの機能、ドキュメントには書いてないけどこんな癖がある」みたいな話は、教科書にもAIにも載っていません。

私は1on1のときに、必ず1つは過去の失敗談を話すようにしています。「こんな恥ずかしい話してくれる先輩、信頼できる」って思ってもらえるかは別として、後輩の引き出しは確実に増えます。

③ AIで調べた内容を後輩から教えてもらう

たまにやるのが、「最近のVXLANの動向、AIで調べてまとめておいて。明日教えて」みたいな依頼です。

これ、後輩のAI活用スキルを伸ばすと同時に、私自身も最新動向のキャッチアップができて一石二鳥なんですよ。しかも、後輩がまとめてきた内容に対して、「現場ではこういう制約があるから、この技術はまだ採用しにくいかもね」みたいに、現場視点を上乗せして返せます。

④ 「正解」じゃなく「この現場ではこう判断した」と伝える

絶対に避けるべきは、「これが正解」という伝え方です。

エンジニアリングに唯一の正解はなくて、現場ごとに最適解が違う。これを最初から刷り込んでおくと、後輩は柔軟な判断ができる人に育ちます。「A社ではこうしたけど、B社ではあえて逆の判断をしたよ」みたいな話を意識的に伝えていくと、視野がどんどん広がっていきます。

まとめ:AIにできない仕事に、自分の時間を使おう

AI時代の先輩エンジニアの価値は、「AIにはできない仕事に時間を使えているか」で決まると思っています。

用語説明や基本概念の解説に時間を使うのは、もうもったいない。それはAIに任せて、自分は現場の判断、お客さん固有の事情、過去の失敗から学んだ知恵を後輩に伝えることに集中しましょう。

「ダイナミックルーティングって何?」に答えるのはAIで十分。

でも、「なぜこのお客さんではダイナミックルーティングなのか」を語れるのは、その現場を知っているあなただけです。

これからAIはもっと進化していきます。基本知識の差はどんどん埋まっていく。それでも残るのは、現場の文脈を理解して判断できる人間の価値です。後輩にもその価値を伝えていけたら、きっと一緒に良いエンジニアになれるんじゃないかなと思います。

【第1弾】AI議事録ツールに新人が飛びつく前に。現役エンジニアが伝えたい「あえて手書きする理由」

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